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吐き捨て系日記

とある20代男が考えを整理するためにブツクサ綴る、ほんとにただの日記です。

メタルファンを辞めるであろう話(1)

注意!この先、何記事かにわたって「考えを変えていく」話です。あと基本的に自分語りです。

 

ーーーーーーー7月に大分加筆しました。削りはしてません。ーーーーー

 

 僕はいわゆるメタラーだった。古典から最近のものまで様々な音源を買い集め、入手困難な音源を手に入れるために四苦八苦した思い出は少なくない。

 

メタルの何が好きだったのか?

 

まずサウンドについて。スピード感やその歌唱法から「攻撃的」と評されるメタルだが、僕にはその攻撃性が心地よかった。そして、メタル単に攻撃的なだけではなく、そこには美しいメロディが秘められていることが多い。ドロドログチャグチャのデスメタルでも、ベースラインやギターソロが急にメロディックになることは珍しくない。むしろその両輪、攻撃性と美しいメロディを持ってメタルはサウンドの独自性を生み出していたのではないだろうか。

 激しい、攻撃的なサウンドはメタルだけの専売特許ではないし、メロディもしかりだ。それを両立させる、ある種矛盾した曲作りが僕を魅了した。

 

次に業界内の立ち位置。メタルは僕が聞き出した時にはすでに「終わった」音楽だった。90年代のグランジ、オルタナによってスタジアムロック、ヘアーメタルは「古いもの」とされ駆逐された。

それでも世界各地でメタルバンドは無くならなかった。北欧でもアメリカでも次々「終わった」はずのメタルバンドは新しく生まれ続けたし、ベテランバンドたちも新作をリリースし続けた。流行なんてもんはすでに無い。それでも彼らは現れる。

ある意味では往生際が悪く、潔くないのかもしれないが、それでもメタルという音楽を貫く彼らの姿勢が好きだった。

 

次に、何がメタルなのか?ということについて考える。これはメタルに限った話ではなく、恐らくロックというジャンルにもいえることだと思う。

ロックやメタルを規定するものは「文脈」である。それが僕なりの考えだ。

----------------------------- (追記)

 

後で読み直して、一番マズいなと思ったのがこの部分。

このデータ至上主義みたいなスタンスはマズいよね。ともあれ、ここに至ったのは、自分の中で全く整理のつかないベビメタをどうにか納得するためだったんだろうなーと振り返る。

俺そんなに嫌いだったんかよ、と今さらちょっとビックリする。

 

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「文脈」とは何か?コンテクストとも言うが、要するに背景、状況、前後関係、そういったものだ。つまり、ロックやメタルはそれ単体では成立しない。バンドが登場した状況、その時代の音楽シーン、同世代のバンドや影響を受ける、与えたバンド、そういったものとの関係の中に生まれるものなのだ。

 

ビートルズが「リヴァプール」の「労働者階級」によって支持され「ストーンズ」や「フー」などのバンドが同世代におり、後の多くのバンドに影響を与えた。

ロックとされるバンドの多くはこのような文脈を持つ。そしてメタルもまた、これに近い文脈を持っている。

メタルの場合はロックという文脈がまずあり、それに対する別ベクトルの回答、というのがふさわしいのかもしれない。

ロックはこうだが、メタルはこうする、そのような関係性だ。

ともあれ、このような「文脈」を紡ぐのがロックやメタルであり、その特色であると言える。

またそこから、「ロックではない」とされるバンドはこのような「文脈」を持ち合わせていなかったとも考えられる。

 

日本の例を見てみる。例えばミスチル。彼らはロックだろうか?

彼らがロックだ、とすれば恐らく多くの反発があるだろう。

それは彼らがロックの文脈を持たないバンドであったから、ということだ。

ミスチルの同世代、もしくはムーブメントを作ったバンドとして何が思い浮かぶだろうか?ミスチルは何から影響を受けたバンドだろうか?

そういった文脈でミスチルが語られることは少ない。だから「ロックではない」とされる。

(誤解しないでいただきたいが、ミスチルはいいバンドだ。ロックの文脈に乗らないからダメなバンドだとかそういうことではない。)

 

他にもB'zやサザンもこういった傾向がある。「浮いている」のだ。既存の文脈と接続されない形で突然現れた、そんな印象がある。それだけ突出した素晴らしいグループたちなのだろう。

 

大事なのは、これはあくまでジャンル分けの話であるということだ。「ロック」という言葉は、アメリカなどでは「カッコいい」ぐらいのニュアンスで使われることもある。

「あいつはロックだね」という感じで。

つまりは、上で述べた文脈から外れた人でも「ロックだ」と評される人はいるし、個人個人で「ロックだ」と感じることもあるだろう。それが間違ってるとか正しいという話ではない。

ジャンルを持ち出す時、それについて自分なりに規定しないといくらでも例外が出てくる。

 

最初に僕はメタラーだと書いたが、メタルだけを聞くわけではない。ミスチルもサザンも好きだし、歌謡曲やヒップホップ、テクノやアイドルも聞く。洋楽邦楽ももちろん問わない。好きだと思うもの、楽しいと思うものはそれぞれに見つけている。

 

さてここで本題。僕がメタルファンを辞める話だ。

最近babymetalってのが流行っている。イギリスなどでは動員も売り上げも高く、日本国内以上に海外で高い評価を得ている。恐らくここまで成功した日本のグループはYMO以来、もしくはそれ以上だろう。

そして彼女たちは各フェスで大物バンドたちと交流し、記念写真を撮影し、ファンを驚かせている。

 

だから僕はメタルファンを辞める…かもしれない。

 

babymetalは恐らく素晴らしいバンドなのだろう。一流のバックバンドに一流の作曲家、一流のアイドルの組み合わせだ。

しかし、彼女たちが誕生した「文脈」がアイドルの「文脈」であることは明白である。僕はそれが、メタルの文脈に接続されることが悲しくてたまらない。

そして彼女たちがそうして接続される方法が「大物と写真を撮った、褒められた」という非常に権威的なものなのが悲しい。

 

違和感しかないのだ。フェスに出た際の反応が「アイドルがほかのメタルバンドを圧倒し、恥をかかせた!」とかならわかるんだが「新世代のメタルだ!メタルの救世主だ!」という風潮は理解しがたい。ましてや大物バンドたちも彼女らを「受け入れて」いる。

「あんなのにすげえパフォーマンスをやられて恥ずかしくないのか!負けてられないぞ!」とはならない。

 

若手バンドから彼女らに反発するグループも出てこない。「あいつらは偽物だ!俺らが本物だ!」ってのは過去のロックの歴史の中で死ぬほど見てきた言説だが、そういったものは皆無だ。

 

もうメタル界に文脈など存在していない。文脈にこだわり続ける、僕を含めた愚かなファンがいただけだったのだろう。

少し前、AKBのヒット曲をロックバンドが踊るという企画があった。若手からベテランまでニコニコしながら女の子のダンスを踊るのだ。これを見た時もひどく悲しい気持ちになった。

 

つまりそういうことなのだ。文脈を紡いでいく聞き方をすると、終点にbabymetalが現れる。怒りや悲しみを慟哭というかたちで吐き出してきたメタルの歴史にbabymetalが現れ、接続される。

はっきり言うが、そうなったメタルなら、僕が聞く理由もないし、興味がない。

頑固に、愚直に、自身の信念を貫く姿勢こそが僕を引き付けていたが、それを失い、

単なる暴れられる音楽、になるのならばそれで終わりだ。何かに対して対抗し、戦う姿勢を見せてきたメタルがこうも簡単に懐柔されるとは全く驚きだった。

 

babymetalを「閉塞感に苛まれるメタル界に風穴を開ける存在」と見る向きもある。しかし、簡単なことで、babymetalを見てbabymetalを志し、babymetalに憧れてバンドを始める若者がどれだけいるのか。文脈として紡いでいくとはそういうことだ。開いたのは風穴ではなく底穴だ。

 

暴れられる、攻撃的なだけの音楽ならほかに良質なものがいくらでもある。メタルである理由がない。アイドル音楽だって大暴れできるのだ。

 

サウンドのみを追求し、それを求めていった結果がbabymetalなんだという見方もできる。現にクオリティは高いし歌も上手いだろう。楽曲だってよく練られている。ブレイクダウンパートにシンガロングな大サビは非常に高揚感があるだろう。

メタルの魅力、ギターサウンドやリズム、そしてメロディのツボは抑えている。

 

そこにアイドルの甘ったるい声や、少し茶化したような歌詞が混じるのが、僕にとってはノイズでしかない。

メタルの根底にある、隠し切れないネガティブな感情が、時に攻撃的な、時に過剰ともいえる美意識で表現されるのが、僕にとってのメタルの魅力だ。

 

僕は文脈重視のリスナーだ、しかし音は楽しむ。良いサウンドは良いものとして聞く。音に身を任せ暴れる。そこにあるサウンドは、音楽においてまず一番重要である。そのうえで様々な解釈によって、いわば、作品をどのように飾るか考えるのが好きということだ。

 

だが、その音の部分でも僕はBabymetalは好みではない。暴れられない。楽しくない。

 

 

 

ジャンルにこだわる、それ自体がもう悪なのだろう。楽しいものを求めて、目の前の楽しいものをひたすら享受する。意味とかを求めちゃいけないんだろう。

どう飾ってもしっくりこないとしたら、そもそも部屋の作りがだめなんだろう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーここから愚痴ーーーーーーーーーーー

 

既存の概念を壊すのがロック、メタル。

破壊が美徳。破壊されたものは果たして間違っていたのか。

メタルに閉塞感があって新しいものが無かったから~、という意見はよく見るが

そういう人がどれだけ新人バンドを聞いていたのだろう。

 

Deafheavenの1stが衝撃をもって迎え入れられた事実からもわかるように、メタルは内部で間違いなくスクラップアンドビルドを行ってきたといえる。

 

それを外部から、「何か最近元気ないよね?」と一方的に決めつけて破壊していく傲慢さを感じる。

これだけ受けたってことは逆を言えば「なんか最近足りない」と思ってたリスナーが多いってことだろう。

それはメタルのせいなのか?新しいバンドはいくらでもいる。見つけるのも容易だ。それをどれだけの人が行ったのか。

僕の怒りというか、違和感の根源はそこにある。あまりに無視されてるバンドや事実が多すぎやしないか?ということ。

メタルチャートで上位になった!と騒ぐが、じゃあそれまで一位だった奴らをどれだけのやつが知っているのか。

 

そうはいっても負け犬の遠吠えなのだろう。僕のメタル熱は一気に下がった。一位になったのも、雑誌で表紙になったのも、メインステージで人々を熱狂させたのも、彼女たち「だけ」なのか?

単なる嫉妬といえばそれまでだろう。お前が好きなバンドが売れなかっただけ、彼らの努力が足りなかったのだとすれば終わりだ。そんな魅力の無いものを好んで聞いてたお前が悪いってことなんだろう。

ロブ・ゾンビがアンチに言った「彼女たちは他の90%のバンドよりすげえステージをしてる」という言葉。他の90%バンドたちは納得したのか。あの子たちは俺らよりすげえことしてる、と。

 

彼女たちがある種の「答え」を示し、多くの人がそれに賛同した。結果が出ているのだ。

 

僕は賛同できない。

 

だから僕はメタルファンを辞めるしかない。僕にとって特別な音楽、メタルという物語が楽しくなくなったから。

 

ただ、メタルサウンドは好きだから今後も聞き続けはするだろう。上にも書いたDeafheavenや、日本のChurch of miseryやHer name in blood。クロスフェイスやコールドレインも聞いていて楽しいし心が躍る。でもメタルファンじゃない。

 

-----後日書いた追記ーーーーーーー

 

メタルを聞いててメタルファンなら、僕はメタルファンだ。

しかし、その中における少数派になっていたってことだった。

メタルファン、メタラーでもいいが、カテゴライズされた中でなんとなく

通じ合えるという思い込みと、好きな人同士がある種の集団になりえたことは

あくまで偶然であるということにやっと気づいた。

そこにルールも無ければ、目指すべき指針があるわけではない。

それは個人のルール。

 

以前はそもそも向き合うことをしてなかった。ベビメタに対する嫌悪感に対してなんとなくで、まともにレビューをしようとしてなかったし。いい気になって暴れるファンと、それに噛みつくアンチの不毛さに辟易していた。

だから真正面から、こいつと向き合う必要があると考えた。どのようにアプローチしているのか、経緯や歴史をとりあえず脇に置いて、サウンドに向き合う。

 

まあ結果、改めてしっかりと聞いてみてやっぱり苦手だった。そして同時に僕の考えを根底からぶっ壊してくれた。

 

彼女達の存在によって自身のあり方、音楽やその他もろもろとの向き合い方を見つめなおせたかもしれない。そういう意味では有り難かったかもな。嫌いだけど。

 

正直追記前の文章はモヤモヤを吐き出すために理屈をこねすぎた感があり、少し恥ずかしいのだが、これはこのまま残しておく。

 

(5)まで続きます

inak555.hatenablog.com