吐き捨て系日記

とある20代男が考えを整理するためにブツクサ綴る、ほんとにただの日記です。

オタクの「少数派」である自覚(2)

僕は多分オタクだろう。先の記事でも書いた通りメタルが好きだったし、アニメも見る。ゲームもやるし、野球や格闘技などスポーツもデータを片っ端からそろえたりする。

 

オタク、という人種が変わってきたという話はよく聞く。事実、大学時代に会ったオタクと呼ばれる人たちと自分は何か違うのでは?と感じることも少なくなかった。

恐らく僕は、オタクと呼ばれる人の中でも古い時代の人間になるのだろう。

 

メタルの記事でも書いた通り、僕は物事を結び付けて線で捉え、文脈の部分を楽しむ傾向がある。そうして紡がれていく文化のようなものが好きだった。

大好きな作品が別の何かと繋がる、そうすることで元の作品に新たな楽しさが見いだせるような感覚が好きだった。

 

大塚英志が「物語消費論」という本で示した「物語消費」という方法がまさにそれだ。様々なコンテンツを通してその背後にある大きな物語を読み取ろうとする。それがいわゆる古いオタクなのだろう。

それに対して東浩起が「動物化するポストモダン」でそれに対する新しい形として「データベース消費」という形を示した。要は、蓄積されたデータベースからその都度必要なものを取り出して消費するスタイルだ。

オタクの消費、という点で概ね納得できるような気がする。動画サイトのみならず、検索エンジンの発達によって場所や時間を問わず、様々なコンテンツにアクセスできる時代には後者が適当なのだ。

 

それに加えて変わったのは多数派、少数派の構造だろう。その昔、オタクは少数派だった。それはとうに過ぎ去り、若い人の中だけで見ても最大派閥とは言わないまでも、少数派と呼べないほど巨大化しただろう。消費の規模だけで見てもオタク向けとされるコンテンツのそれは無視できないほど大きくなっている。

 

そこで軋轢が生まれる。「最近のオタクは~」なんて話題は定期的に盛り上がりを見せている。「今のオタクは流行ばかり追いかけて古典を知らない」「ただのコミュニケーションツールとしてアニメを見ている」という批判が大体を占め、それに対し「今は趣味が多様化しただけ」「ついてこれない老害死ね」といった反論が出てくるのが定番だ。

昔が正しくて、今がダメなのか?そうではないだろう。

 

古いオタクは少数派であることに慣れ過ぎている。少数派であることが当たりまえだったため、オタクの内部での少数派である「古いオタク」に自分がなってしまったことに戸惑っている。人が増えれば求められるのはコミュニケーションだ。不文律と阿吽の呼吸でなんとなく構成されるコミュニティにしては大きくなりすぎている。そんな中で少数派の常識を押し付けても何も成立はしない。

 

先の記事で僕がBabymetalを好きになれず、そのままメタルまで嫌いになりそうだという文章を書いた。それも同じような構造なんだろう。メタルファンという少数派に慣れ過ぎていた。そして、ベビメタを受け入れ歓迎する多くのファン、バンドに対し、受け入れられない少数派になっていることに愕然とした。

 

少数派の中の少数派。マイノリティとしての連帯感に甘えていたのだろう。少数派だから互いに理解し合えると思い込んでいた。しかし、それは勝手な思い込みだ。オタクはもう存在が認知され、ある程度認められた存在だし、メタルファンだって様々な影響から昔よりは確実に増えている。

そうした、様々なコンテンツに対するコミュニティの反応の中で、マイノリティとは孤独で厳しいものだったということを改めて思い出し、自身が少数派であことを自覚した。

 

スノッブ野郎、あまのじゃく、逆貼り、負け犬、そう言われて蔑まれる。それはかつてのオタク達が通ってきたいばらの道だ。僕は先人たちが切り開いた地平でなんとなく少数派のつもりでいた。そして、少数派同士の連帯感に酔っていた部分もあるのだろう。結局のところ時代は動き、取り残されるやつらは出てくる。

 

彼らはどこへ消えた?少数派の中で居場所を主張する厄介な「老害」として生きるか、時代に順応し価値観を変化させていくか、あるいはそれ自体から離れ去っていくか。

 

例えば生まれながらの少数派、性的なものや人種的なものと異なり、単なる趣味趣向の少数派なのだから変えようと思えばいくらでも変えられる。そこでどう動くのか。

 

 

どんなに言われたって受け入れられないものは受け入れられないし、好きなものは好きだ。柔軟なことがなんでもいいとは思わない。時代の最先端に追従しようとすればどこかで矛盾は出てくる。それを大らかに開き直って認める生き方もあるんだろう。ただ僕にそれは出来なかった。

 

それで孤立するならしょうがない。ベビメタは嫌いだし、萌えアニメは苦手だし、オモチャを買わせるだけの仮面ライダーは子供だましだと思うし、ソシャゲは全く面白いと思わない。

それで他者を攻撃するつもりも無い。良い悪いの話をすれば多分時代を受け入れられない僕が悪いのだろう。新しい時代に向かうメタルやそのほかのサブカルチャーに対して時代遅れの価値観で足を引っ張り、少数派でいることを求めるような行為はみっともない。

取り残されたものには、それなりにすることがあるはずだ。 メタラー、オタク、そういったかつての少数派のレーベルすら持てなくなった、個人として生きていく。

そのうえで、僕はへヴィメタルという音楽が好きだし、ロボットアニメが好きだし、バイオレンス系の映画が好きだし、格闘ゲームが好きだ。自分の意志を持って、そう宣言出来る。

 

前のコメントで「いつかあなたが心から音楽が楽しめる日が来ますように」と書かれた。コメント主には僕の姿は哀れでみじめな姿に映ったのだろう。コメント主はそんな僕に嘲笑や蔑みではなく、許しの言葉をもって慈悲を与えた。

 

だが、申し訳ないが自分を変える気はさらさら無い。そう育ってきたし、これからも時代遅れでいい。

僕は心から音楽を楽しんでいる。あなたもきっとそうだ。ただ、心が違うだけなんです。

 

-----------------------------------(追記)

新しいものが何でも嫌いだとかそういうことでは無いことは言っておきます。一応。

基本的に嫌いなものの方が少ない人間です。

あと、文脈とか分析対象としてだけで音楽聞いてるわけじゃないです。

ライブ会場でアガりすぎて額が割れてることに気づかないくらいには音楽を楽しんでる方です。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー(再追記)

恐らくこの、「少数派でいい」って言葉にも露悪的な、自分を守ろうとする意志が働いているのだろう。俺はこれでいいと、露悪にこそ魅力があるといってそこに引きこもるのだ。

 

これの続き

inak555.hatenablog.com