吐き捨て系日記

とある20代男が考えを整理するためにブツクサ綴る、ほんとにただの日記です。

「君の名は」を見た話

www.kiminona.com

 

もう興行収入が100億を超えて、日本映画史に残るレベルのヒット作になった「君の名は」を今更見てきた。

その感想とか諸々を下に。

 

 

瑞々しい青少年

入れ替わりを通して交互に映し出される高校生の日常。

過疎が進む田舎の高校生は自販機を「カフェ」と呼び、まだ見ぬ東京に想いを馳せながら伝統を紡ぐ。

東京の高校生はお洒落なカフェでお茶をし、レストランのバイトでは美人の先輩に憧れる。

そうした若い姿を包む風景の美しさは、やはり新海誠監督の最大の魅力だろう。

 

誰もが望む結末

中盤、二人の間の障壁が明らかになった辺りからラストの想像がつく。タイトルそのものだ。二人が再び巡り合い、言葉を交わす。「君の名は」

キレイだし、さわやかなエンディングだ。それをかなり焦らしてくる。電車で見かけてから階段で出会うまで、そして出会ってからもたっぷり間を取って言葉を発する。

待ってました!と言わんばかりの盛り上がりでエンディングテーマがかかり、映画は終わる。

それまでの経緯を置いておいてもスカっとするし、感動するだろう。

RADWIMPS

世代的には、バンプ直撃世代なのでRADには正直あまりいい印象が無かった。どうしてもバンプと重ねてしまう。

ちゃんと聞いたのは今回が初めてかもしれない。

その結果感じたのは、この映画にはRADしかないな、ということ。もっと言うと日本語ロックしかないなと。

どこかノスタルジーを感じる恋愛映画。タイトルもかつての名作日本映画のオマージュだろう。

そういった世界観に、女性ソロシンガーの伸びやかな歌声や計算しつくされたエレクトロはあまり似合わない。

 

粗さを感じつつも、若々しさを感じる、それでいて懐かしい日本語ロックがピッタリだろう。そして、その代表がRADだったということ。その選択は最良だったと思う。

 

 


前前前世 (movie ver.) RADWIMPS MV

 

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さて、後出しで申し訳ないが俺はこの映画、正直あまり乗れなかった。

魅力的な映画だ。でも、ここから先は個人的な趣向として乗れなかったという話も書いておく。

 

過程と結果

この映画でところどころ引っかかったのは「過程」と「結果」の関係だ。

俺が感じたのは、「様々な結果が描かれるが、その過程が省かれていることが多い」ということ。

 

・若い男女が入れ替わる

・隕石が降ってくる

・住民避難のため父親を説得する

・入れ替わりの記憶が急に失われていく

・上京

 

こういった結果に対して過程が少ない。入れ替わりのギミックや、記憶喪失の発生。エンディングで皆が上京していた。どうしてだ?都合のいい解釈はしようと思えばいくらでも出来る。問題は、その自由度が広すぎないか?ということ。

町長説得に関しても

 

・娘の成長を感じた。

・亡き妻にも同じ経験があったことを聞いていた。

・そもそも自分も入れ替わりの経験があった。

 

いくらでも解釈できる。

 

そもそもヒロインはいいとしても、なぜあの主人公男子だったのか。何部で、何が趣味で、何を目指しているのか全くわからない。

田舎の方に出てくる勅使河原というキャラがいるが、彼がやたらキャラが立っているせいでよけいにそう思う。

 

・田舎の土建屋の息子で都会に憧れている

・オカルト大好き

・やたら古いゲームや通信機器に囲まれている。

 

かなり魅力的なキャラじゃね?

 

説明過多が良いわけではない。意図的に省くことで想像力を刺激するのは手法の一つだ。しかし、あまりに量が多くないか?ということだ。

結果として、ドラマチックな物語なのだ。二人の恋はどうなるのか気になるし、成就すれば嬉しい。でも、何故そこに至ったのか、が少なすぎやしないか?ということ。

携帯のデータが消えたり記憶が消えたりする歴史修正の力をも乗り越える二人の愛、にしてはあまりに偶然の愛すぎるんじゃねーの?と感じたり。

まあ「細かいことはどうでもいいんだよ!」ってい言われたらそれまでなんだけども。

 

でも、それは単なる好みなんだろう。俺はシン・ゴジラが好きだけれど、あれを蛇蝎のごとく嫌う人もかなりいる。まあ喧嘩してるファンがいるせいでもあるだろうが。

 

この二作品を、「過程」と「結果」という点で比較すると対象的なものに思える。

 

・「過程」を丹念に描き、「破壊」という「結果」で引き付けるシン・ゴジラ

・君の名は、のドラマチックな「結果」を描く中で丁寧に描かれる「過程」

 

紐を紡ぐシーンや口噛み酒。髪を紐で結ぶシーンなど、描くところはかなり丁寧に長く描かれている。大きい視点から小さい視点へのズーム感が魅力的なんだろう。それはシン・ゴジラと対照的。

まあゴジラの場合、後半になるとその「過程」のバランスが前半と急に変わって面食らうんだけれども。

 

 

この映画で大事なのは「可愛い三葉」と「悩む滝」をいかに描くかということ。そこに理由はあまりいらない。可愛いことが大事だし、悩むことが大事。

そんな二人が結ばれるまで。そこに理屈とか過程はさほど必要じゃないんだろう。

 

 

「過程」から「結果」か、「結果」から「過程」か。

 

あとはどっちが好きかってだけ。ラノベ的、エロゲ的って批評がチラホラ目立つ。わからなくはないけれども、一括りにしちゃうのは少し乱暴にも思える。

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ともあれ、100億稼ぐだけの魅力がある作品だってのは間違いないんだ。そうして人を引き付けた「結果」がある。それはまず大事なことだ。